そして今日も私は「生きて」いるが

人が生きている、というのは一体どういうことだろう、ということについてダラダラ考えるお話です。※ちょっと長文です。そして今回のエントリには結論はありません。ただ私の身の回りの出来事と心の中にあることを吐き出しただけです。実益中心主義の方はジャンプすることをおすすめします。

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そこにただ横たわる「生命」

私の祖母は3年ほど前になくなりました。確か大正元年生まれだったので享年96歳くらいだったと記憶してます。大病こそしなかったものの、老衰で体が弱り亡くなる前の7,8年くらいは介護施設と病院を繰り返し転院し、最終的には4年くらい病院で寝たきりの状態でした。

私もわずか数回ですが見舞いに行きました。祖母は体が自由に動かせませんが痛かったり苦しかったりすると暴れるので、ベッドにウェスか紐のようなもので軽くくくりつけられていました。ものを嚥下する力も弱っていたので喉に穴を開けチューブで流動食を流し込まれるか点滴をするかで栄養を補っていました。痰がつまると呼吸が出来なくなるのでもう一本喉にチューブをさして痰の吸引もしていました。

亡くなる3年ほど前にガンが見つかりましたが老齢で進行も遅く、また手術に耐えうるほどの体力は到底なく本人の苦痛を考えても手術をせずそのままにしてあげるのがいいだろう、と病院の先生に言われました。最終的には風邪をこじらせ肺炎がもとで亡くなりました。

祖母はすでに知っていた

これは後になって母から聞いた話ですが、実は祖母は若い頃に看護の仕事をしており、同じように床に伏せたまま動くことも出来ず、チューブをたくさん繋がれてただ引き伸ばされている命をたくさん見ていたのです。

祖母はそんな患者さんをたくさん見てきたので「自分が亡くなるときはこうはなりたくない。自分が死ぬときはポックリ逝きたい。人様に迷惑をかけたくない」と母に言っていたそうです。残念ながら祖母の希望とは裏腹に自分自身も同じ道をたどることになりました。

老人が老人の面倒を見る時代

さて寝たきりだった祖母の世話ですが、多少の身の回りのことは看護士さんや介護士さんがしてくれるとはいえ、汚れた寝巻きやシーツ、肌着の交換や洗濯などは2、3日に1度ほど病院を訪れる私の両親の仕事でした。まだ流動食になる前は昼の食事も行ったついでに食べさせていたそうです。

当時の父は70歳ちょっと前、母も60歳を過ぎていました。普通なら仕事を引退して楽隠居、悠々自適の生活を始てもいい年齢です。しかし祖母の面倒を見るため、またいつ容態か悪くなるかわからない状態がずっと続いていた(よく熱が上がったり呼吸が弱くなったりするたびに病院から連絡があり呼び出されていた)ため、自宅介護ほど大変ではないとはいえあまり自由な時間は取れませんでした。当然泊りでの旅行などはまったく行けないですし、日中の活動しやすい時間帯は病院に行っているというわけです。

病院通いが始まった頃はそんな生活が何年も続くとは両親も思っていなかったでしょうね…大変元気だった両親は、祖母を看取った頃にはすっかり老け込んで、小さくなったように私には見えました。私はといえば恥ずかしながら仕事の忙しさにかまけて両親の、祖母の面倒を見る手伝いなんてこれっぽちもしてなくて申し訳なかったなと思ってます。休みの日に車で送り迎えくらいはやろうと思えば出来たんですから。

そして今の両親と私

今では多少ゆったりした時間を過ごせるようになった両親ですが、ずっと趣味という趣味もなくまた若い頃ほどのパワフルさもなく「活き活きしてるなぁ」という生活を送るほどではないです。大きな病気は抱えていないですけどね。両親の手伝いを何も出来なかったのを申し訳なく思ったので、昨年あたりは両親と姉一家をさそって小旅行には行ってみましたが、やっぱり長距離のドライブもしんどかったみたいで、十分楽しんでもらえたかどうか…

つい先日父が喜寿の誕生日を迎えました。私の兄弟からはお金を出し合ってちょっといい眼鏡(もう何年も度もあわせてなかった!)を新調してプレゼントすることにしました。今年は遠くには連れて行って上げられなかったけど週末は兄弟あつまってちょっとしたお祝いの会をする予定です。喜んでもらえるといいなぁと思っています。そんな父は相変わらず毎宵の焼酎晩酌だけが楽しみのようです。

母はというと、やっぱり祖母と同じように「自分が亡くなるときはこうはなりたくない。自分が死ぬときはポックリ逝きたい。人様に迷惑をかけたくない」と言っています。それを聞いて私は「今からそんなこと考えてる暇があるなら友達誘ってどっか遊びに行けw」と答えるようにしています。

これから私ができること

私の同い年くらいで早くに両親をなくしてる人もたくさん知っていますし、毎日付きっきりの介護で疲れてる人もいるでしょう。だから老齢とはいえまだまだ両親が健在な私など随分と恵まれているほうじゃないでしょうか。

現在は私は家庭を持ち両親とはちょっと離れて住んでいます。相変わらず親孝行らしい親孝行は何も出来てないどころか会うたびに30代も半ばを過ぎてるというのに「仕事大丈夫か」「体壊してないか」などと逆に心配される私ですが、月に一回くらい実家に顔出して他愛もない話をしたりグチを聞いたりするぐらいのことはするように心がけています。

いつかは両親と祖母がそうであったのと同じように、私もきっと両親の世話をするときが来るのでしょう。そしてただ延命をすること、本人の感じるであろう苦痛について悩むことでしょう。だからそうなる前に少しでも両親が豊かな時間を過ごせればな、と思っています。

どう生きるか、なんていうことに正解はないけれど

祖母がなくなって3年経ちますが今でも時々当時のことを思い出します。

チューブに繋がれて栄養を補給されて心臓が動いていれば生命活動は維持できます。でもそれは本人にとっても周りの人間にとっても必ずしも幸せなこととは言えないな、というのが今のところの私の「実感」です。延命行為をどうするかという倫理的・論理的な正しさは置いておくとして。ゆえに今こうして元気に生きているうちに日々を「活きる」ことって大事というか、有り難いことなんですね。

なんだか散漫で結論らしい結論も導けなくて申し訳ないですが、長文を最後まで読んで頂いて皆さん、ありがとうございます。仕事や雑事に追われ忙しい日々を送っている方も多いと思いますが、ふと立ちどまって皆さんの家族のことなどについて考えるきっかけにでもなれば嬉しいです。

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