ついに大ソーシャル航海時代の幕開け、その船に乗り遅れないために

フォロワーのみなさん、ゴロドクさんをツイッター廃人だと思ってませんか?そんなことはありません、ヒッキーじゃないし仕事も真面目にしてます。ただちょっとコミュ障害で対人恐怖症なだけです。どうも、僕です。

さて今回のお題はツイッターやフェイスブックを初めとしたSNSについて。今さらSNSの時代到来だって?そう、「今さら」なんです。

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そんな時代来ねぇよ

何処とはいえないが首都近郊ではない、とあるウェブ界隈の会社の代表曰く。

「これからはソーシャルの時代です、使い方知らないでは済まされません。知らなくたって皆さん達の評判はソーシャル経由で良くも悪くもあっという間に広がります。それならば受身ではなく積極的な活用を!」

もうちょっと詳しい内容があるんだけど、特定するとアレなんでこれくらいにしておく。

誰に向けてかというと公共的なお仕事をする団体(あるいはその某部門担当職員)に向けてのメッセージだ。なんだか良くわからんけどそういうセミナーを開いたらしい。

もちろん私はそのセミナーには参加していない。某ソーシャル経由でご本人が「こんなのやりました」的なことを自ら発信していた。

ダサい。実にダサいよ。

私は彼の「発信」を時々目にする。そしてその内容は概ねつまらない。自社のセミナーなどの告知か、自社の運営がうまく行かないという愚痴か、政治・行政の批判だ。

アカウント自体は個人名とはいえプロフィール欄に堂々と社名を入れている。つまりその代表からの発信は会社からの発信とも言える。

そんなアカウントからのつまらない「発信」。

誰に役立つ情報を流すわけでもない、愉快にゲラゲラ笑えるわけでもない、何らかの気付きがあるわけでもない、感動して涙するわけでもない、そんなクソつまんない「発信」ばかりしているアカウントの話を誰が聞こうか。信用しようか。

否。だれもそんなヤツの話など聞かない。

聞いてるフリしてるように見えるのは社交辞令だ。そんな会社に敢えて仕事頼もうなどという者もいないだろう。

ソーシャルネットワークとはツールであってそれ自体がコミュニケーションではない。

原始人の身振り手振りが言語になり、文字になり、狼煙になり、電信になり、電話になり、コンピューターネットワークになった。ただそれだけだ。メールもブログもSNSも単なる手段であり、一通過点だ。

「ソーシャルの時代」なんて今まで来たこともないし、これからも来ない。もちろん彼の時代など絶対に来ないことは言うまでもないだろう。

お分かりと思うが、この彼自身がコミュニケーションというものもSNSというものも全く理解していない。「発信」が一方的でしかないのだ。それはコミュニケーションではない。

そしてそのツールを全く使いこなせていない人間がしれっと「ソーシャルで新しい時代を」とか「ネットを活用して収益を」とか、どの口が言うって話だ。おそらくこの人の頭の中ではSNSというものが井戸端会議の噂話か所謂広告業の延長にしかないんだろう。

つまり自社の製作受託に結びつくようなチラシのばら撒きにしか過ぎない。紙のチラシならまだいい、裏にラクガキできるからね。

本業お留守でそんな「クラブ活動(本人は啓蒙活動や営業活動というかもしれない)」熱心にやってて自分とこの従業員ちゃんとこの先食わせていけるの?事業の屋台骨大丈夫なの?

彼は「この地方の人間はネットの使い方というものを理解していない」と随分と(斜め)上からのたまう。そして自分の会社のマネタイズがうまく行かないのはそうした人間がウェブ製作の仕事の単価を理解していないからだとも。まったくどうかしているよ。

ソーシャルを活かすとはどういうことなのか

ブログを書くにも大事なのは体裁ではなくコンテンツだ(だからといって体裁がどうでもいいということではない、もちろん)というのはいつも言っている通り。

ものを売るのに新聞広告を打っても、大事なのはその売るべき「商品」が良い品質であることが大前提だ。人はチラシを買うわけではない。もちろんただの価格競争など論外だ。

ソーシャルネットワークにおいて中身とは何であるのか。とりもなおさず「中の人」である。その人の「思考」であり「知恵」であり「思い」だ。あるいはそれが時に「ネタ」であってもかまわない。

インターネット、ことソーシャルにおいて輝くのはあくまでその「人の魅力」だ。本業と関係ない駄文や雑談でも「この人の話面白い!」と思えば自然とファンは増えてくるのだ。

セミナー開いてSNSの仕組みや現状、使い方を啓蒙することはもちろん無駄ではない。しかしそれは本質ではない。

人が誰かの話を聴くかどうかはハッキリ言って九割九分「好き嫌い」で決まる。嫌いな人間の話は誰も聞きたくないだろう。

生保の営業が毎度新商品の紹介しかしなかったらどうだろう?正直いちいちウザいヤツだと思うはずだ。契約をとる営業は決して商品紹介を前面に押し出したりはしない。

飴ちゃんを置いていき、ポケットティッシュを置いていき、抽選プレゼントの応募用紙を渡して営業と全く関係ない雑談をして帰る。なんだったら仕事と全然関係ない「人継ぎ」だってする。商品パンフを置いていくのはオマケのオマケに過ぎない。

だが面白い話をが出来て一度顔を覚えられたら、何かあったときにはちゃんとその人のことが思い浮かぶ。そしてそこで初めて仕事に繋がる。

これは対面であろうと電話であろうとネットを経由しようと何ら変わらない。人に話を聞いてもらうには、まずは好かれるような人にならねばならないのだ。

それを理解していないし実践できていないにも関わらず、ソーシャル(のシステムだけ)を他人に推すというこのパラドクスにその彼自身が気付かない以上、彼の話に説得力など感じられないし、誰も納得もしないだろう。

誰も納得しないから新しい仕事に結びつかないし、仕事ないからまたクラブ活動で営業(してるつもり)をする、だがそこでも魅力を発揮できない、そして仕事に繋がらない、そして…という負のスパイラル。

ちなみにこの「代表」については数年前にたまたま見かけた別のとあるブログで私でない別の誰かが同じような指摘をしていたが、結局何年経っても変わってないのね。本人がそれ読んでないのか、反省がないのかそれは本人のみぞ知る。

そんな彼は自社のネット事業を通じて地域の活性化を…なんて言っていたような気がする。彼の目標は多分違う誰かが達成するだろう。

まとめ

あらためて言うほどのことでもないんですが、結局人と人なんて対話によって互いに信頼関係が築けるかどうか、好きになれるかなれないか、それ以外にないんですよね。誰だって一方的な押し付けは嫌がるでしょう?もしくは投げた球の帰ってこないキャッチボールはキャッチボールとは言わないでしょう。

対話の手段が何であるかなんて二の次、三の次です。その手段のひとつにインターネットがありその上に乗っかってるSNSがあるという時代にたまたま我々が生きてるっていう、ただそれだけのことです。

その辺りうまく理解できていないとソーシャルもうまく活用できないでしょう。

決して難しい話ではないのですが、それでも心配な人はゴロドク(@gorodoku)さんをフォローしてみてください。ツイッターでコミュニケーションをとる練習ならいくらでもお相手します。

ついでにブログの書いたポストもするのでどんどんRTしましょう。

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FBでシェアもしましょう。

そしたらきっと幸せになれると思います。

私がね。

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