「この記事は約何分で読めます」?逆に考えるんだ「この記事は約何分で読『み』ます」ってね

この記事はヒマな人だけ読んでください。ご無沙汰しておりますごろどくです、どうも。

いまむらさんさかいさんがブログ記事でしばしば見かける「この記事は約何分で読めます」の話をしているみたいなので私もしゃしゃってみます。

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結論

「この記事はxx分で読めます」という表記をたまに見ますが、私は読めたためしがないです。 « 今村だけがよくわかるブログ

ブログに「この記事は約何分で読めます」と書いてあることの意味 – WEBCRE8.jp

文書を読むスピードは人によって違うので「『何分』が正確か、あるいは妥当かどうか」を追及するのは無意味です。以上。

あ、話終わっちゃいましたね。「何分で読めます」が必要かどうかというと全然必要じゃないです。書いてあってたまたま目に留まれば参考にすることはたまーにあります(クソ長い記事で「読まない」と判断する場合に)。

私がある記事を開いたとき、それを読むかどうかは読んでて疲れなさそうかとか、流し読みで引き込まれるかどうか(私は頭からケツまで通して記事読むことはほぼない。だいたい見出しだけジャンプして読んで面白そうなら全部読む)とかそういうことの方が判断基準になります。

そういう意味では全体のボリュームはどうでも良くて、見出しのピッチとか、それが「ささる」かどうかとか、字間行間とか文字の大きさとかコントラストとかが自然かどうか=無意識に読み進められる・違和感や苦痛を覚えない、ということの方がよほど大きなウェイトを占めます。

つまりびっちり詰まってるのにひたすらクソ長いテキストだったり、あるいは短文なのにやたら改行した上に行間が異常に間延びしてるようなリズム感のないテキストを人に読ませてはいけない、ということです。それを踏まえたうえで参考として「何分で読める」かを書くのは別に悪かぁないと思います。

はい、すごく当たり前のことを書きました。当たり前のことを書きましたからね!

再び結論

というわけで「この記事は何分で読『め』る」かどうかよりも「この記事には自分の時間を何分か割いてでも読む価値があるか」ということを人は無意識のうちに判断していますので読むに値する記事を読みやすいように書きましょう。

まとめ

あなたはこの記事を読んだことで何分を無駄にしましたか?もしくは何を得ましたか?

んじゃまた。

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