私がブログを書く10の理由

今まで書いていそうで書いていなかった「なぜブログを書くのか」というお話。あくまで私自身が思うところでありますので、ブログを書いている万人が「そのとおり」とは言わないでしょうが…なんとなくいま一度自分の考えを整理したいと思い。

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これで全てではないけれど

私自身の内面のことなのでダラダラ書き出すとそれはもう取り留めのないことになりますので、いつも心にある大きなものを10件だけに限定してまとめました。

1.備忘録として

新たに知ったことや話を聞いて「なるほど」と思ったことも、時間が経てばだんだん頭の中から消えていく。自分の中で鮮度が落ちないうちにブログに書き残すことによって確実に「記録」が残る。

そのため過去の情報を振り返りやすい。「あのときのアレなんだけど、えっと…」というのも自分のブログを読見返して思い出し、助かることも多い。

単なる記録なら紙のノートでも良いけれどやっぱりWeb上に残っていれば、ネットワーク環境があるだけで時と場所を選ばずに振り返りができる。

2.インプットの再確認

Webや書籍を通じて知りえた新しい情報(インプット)を自分なりに噛み砕いて整理し、文字(あるいは時に画像)という目に見える形にすることで再度その情報を自分自身の確認になり、より身につく。

私はいわゆる「Web屋」ではない。しかしWebの制作に関することが好きで色々調べたりする。CSSやJavaScriptについて新たに知ったことはサンプルを作ってみて公開したりすることもある。

公開するからには人に伝わるようにわかりやすく書かなければならない。その過程で新たに知ったことの「復習」を行っていることになる。

3.知識の拡散

私のブログは決して人気ブログではないが、それでも私の書いた記事を参考にクレープを焼いたりアンテナサイトを作ってくれる人がいる。ありがたいことだ。

私が書くことは必ずしも私が新たに知り得たことばかりではなく、昔から知っていることも沢山ある。しかし私が当たり前に知っていることが他人にとって当たり前のこととは限らない。

たとえ僅かな人数であったとしても私の書いたことをきっかけに新しい知識を身につけたり、新しい分野に興味を持つ人が現れれば、それだけでも書く意義があると思っている。

4.書くために周辺情報へのアンテナが広がる

何かひとつのテーマについて書こうと思っても、今自分の知っていることだけで十分な内容の記事がかけるとは限らない。

例えばアンテナサイトを作るためにAPIでデータを取得できることを知っていても、具体的なデータの形式やスクリプト上での加工やデータの受け渡しの仕方を知らなかったとすれば、当然それらについて調べなければならない。

「世の中でアンテナサイトってのが結構読まれてるらしい」という、ただそれだけのインプット(単なる興味)からもそれを人に説明するために背景となる技術的な情報を更に調べることで、自分自身の知識も記事の内容としてもより「厚み」が出てくる。

5.人とのつながり

私が何がしかの情報を発信することで、同じ方向にアンテナを出している人と繋がることができる。

それはブログのコメント欄を経由してかもしれないしツイッターやフェイスブックといったSNSの類を通じてかもしれない。あるいはブコメ経由かもしれない。

いずれにしても新たに人と繋がることで、私の知らない新たな知識を得られる機会が増えるということは間違いない。

6.流れて消えていかない

最初の「備忘録」と似たことだが、例えばツイッターは自分の発言も3,200件ほどまでしか遡れないし、140字という制限の中で1つのテーマを文章にまとめるのはきわめて難しい。

フェイスブックがどこまでログを記録できるのかはわからないが、プライバシー設定によってはそもそも広く一般に公開されないし、ウォール内でも決して過去に書いた情報への検索性は高いとはいえない。

ブログであれば情報のまとめ方も分量も表示の仕方もかなり自分の裁量で自由になる。そして、書いたものは自分で意図的に消さない限りWeb上に存在し続ける。最低限の文章構造を備えておけば検索エンジンがちゃんとインデックスしてあとで情報を探すときにも困らない。

リアルタイム性や拡散性はSNSの類のほうがずっと高く情報への「入口」としては有用だが、情報の集積地としてはブログのほうがはるかに利便性が高い。

7.訂正や新たな発見

過去に書いた記事については多くの人の目に触れることによってその内容の不正確さや不足を指摘いただいたり、別の目線での感想をいただけたりする。

ややもすれば「炎上」という言葉も浮かび上がったりするが、少なくとも自分自身の誤りに気付いたり前向きな批判を受けることができるのも「記事を公開」しているから。

そういった意味で自分の頭の中だけでものごとを処理するのではなく、第三者的視点から客観的な批評を得られるということもとても意味のあることだと思う。

8.ブラッシュアップ

初めから完璧な記事というものはなかなか書けるものではない。上に書いたような批評や批判を受けることもある。

そういったことについても新たにチェックをしたり、別のソースとあわせて再考することによって、更に有意な情報とすることができる。

形式としては既存記事への追記であるかもしれないし、既存記事へポインタを示した上で新たな記事を書くこともあるかもしれない。形はどうあれ、いずれの場合でも「過去の知的資産」を元にさらに別の知識を広げことができる。そしてそのプロセスも残るということは、読者にとって「気をつけるべきポイント」というものを明確に示すことに繋がるかもしれない。

9.収益が発生する

これは「ブログでメシを喰っていける」という意味ではない。ブログを書いたからといって、多くの人が大金を稼げるわけではない。無論私のブログもGoogle Adsenceを導入しているから何がしかの収益は発生している。

お金を「目的」にWebで何らかの活動をしたければたぶんアフィリエイトサイトを運営したほうがずっと効率が良いだろう。

だがPVなり広告収益額なりも「目的」ではなく「目標」とする分には悪くない。書いた文書の評価を「数値の指標」として表すのはこれくらいしかないからだ。

こういったモチベーションの数値的根拠を持つことによって、ブログを続けていくこと、よりわかり易い有意な記事を書いていけるようになるのは自分にとっても読者にとっても決して無意味ではないはずだ。

10.好きだから

結局これなんだろう。ブログをはじめるまでは全くそう思わなかったが、文書や図表で何かを示すということが私は好きなんだ。というのはやってみたからわかったことだが。

自分自身の生み出した成果品(ブログで言えば記事そのもの)それ自身が直接的に評価(それがコメントであれソーシャルでの拡散であれPVであれ)されるという機会は普通に生きているとありそうでなかなかない。多くの人の評価は「会社や事業の看板」や「給与」や「肩書き」を通して間接的に行われることのほうが多いだろう?

そうした肩書きや看板のない、素の「ただの1人の人間」として世の中と関わっていくことができる、それがブログの最大の魅力なんじゃないかと、今は思っている。

まとめ

こうして書くと結局私にとってブログを書くのは究極的には自分のためであり、ある意味「私自身の存在証明」という意味合いが強いのかもしれません。やっぱり生きている以上自分自身の存在を認知して欲しいし、自分からのアウトプットがたった一人でも誰かの役に立ったりほんのちょっと幸せにできることができることができればそれは嬉しいことなんです。本当に。

こう書くとエゴ丸出しで気持ち悪いと思う人も多いかもしれません。が、わりと本音でそう思ってるし、続けられる限りはブログを書き続けたいとも思ってます。

そんな感じで自分自身の「ブログを書く理由」を書き綴ってみましたが、皆さんはどうお考えでしょうか。

んじゃまた。

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