「科学の成果」とはなにか、2014年末だからこそ考えるべきこと

大晦日もはや9時、年越しまであと何時間…となりました。今年も娘とガンプラ作ってるごろどくですどうも。

今年は記事書くペースも下がりすぎてもはやブロガーなどとは名乗れないレベルになってきましたが、どうしても今年中に書いておかなければならないことをとりあえず書いておきます。

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今年の騒動は「STAP細胞騒動」ではなく「小保方晴子騒動」だった

小保方晴子氏、理研を退職へ「魂の限界」(コメント全文)

今年一年STAP細胞/STAP現象はあるのかないのかとずいぶん話題になりました。で年末になっての結論がこういうことだったのですけれども。

現時点ではSTAP細胞/STAP現象は、少なくとも小保方氏の方法をもってしては再現性を確認できないことを確認した、ということです。

私の観測範囲では、このニュースに対する反応が

  • ほーら、やっぱりなかったじゃんウソつきめ
  • おぼちゃん、STAPあったら困る裏組織の陰謀に潰されてかわいそう!

の両極端しかなくてなんともなぁ、と思っております。これどっちが良いとか悪いとかじゃないんですよね。どっちも科学的評価としてはダメだと思うんです。

「Aという方法をもってしてZという結果を得ることができないことを確認した」というのはそれ自体は評価に値すべきことなんです。なぜならAという方法が上手くいくかいかないかを確認しなければBやCという方法での再現に移行すべきかどうか判断できないからです。

上記の観測範囲での反応はいずれも「結果人間の役に立つ(あるいは立ちそうな)成果が見つかったこと『だけ』が評価に値すべきこと」という視点に立っているという意味で同じなんですよね。科学ってのはそうじゃない、上手くいかないことを上手くいかない、と机上だけでなく実験実測で確認することもとても大事な仕事なんです。

「3人同時にゴールできて嬉しい」、受賞3氏が揃った会見から – デバイス – 日経テクノロジーオンライン

青色LEDがノーベル賞に値する理由 « WIRED.jp

これも記憶に新しいニュースですね、これはより正確にいえば科学というより工学ですけれども。もちろん有用な発明に脚光が当たることは悪いことじゃないんですよ。

日亜化学工業での中村氏の発明評価(報奨金)が2万円というのは有名な話ですが、上の記事にもありますがさらにこの前段に30年もの間「上手くいかない研究」が世界中で無数に続けられてたことを忘れちゃダメなんですよね。

最終的に「どこの誰が成功例を発掘するのか」はまったくわからんような世界で、結果上手くいってもいかなくてもそれでも手探りで研究を続ける意味はちゃんとある、というのこれでお分かりになるかと思います。

そういう意味で小保方氏個人の好き嫌いとかそういうのは一旦置いといて、「上手くいかない方法を一つ消すことができた」のは評価すべきことなんですよ。

というような視点から全く外れて、このニュースが流れ始めたときから小保方氏のひととなりとかかっぽうぎとかしょーもないことをとりあげるマスコミもさることながら、そこに踊らされる国民にも大変問題があるわけで、我々自身、再度「科学的視点・科学的態度とはなんなのか」というものについて考え直す必要があるのではないのかと強く思うのです。

で、科学的視点がないとどういうことになるかというと

そんなことを年の最後に書こうかなと思いつつだらだらFB眺めてたらですね

福島県下で、平成26年度米でセシウム91ベクレルの”ほぼ汚染米”検出、汚染基準より10ベクレル少ないだけで、市場に出荷(FGW) | Finance GreenWatch

今日もまたこういうニュースが流れてくるわけですよ。いやいやそのタイトル絶対おかしいでしょ?

出荷するかしないかの機械的判断にある閾値を用いて一律選定をするのは科学的ではないのですか?「汚染基準より10ベクレル少ないだけ」は十分に合格範囲ではないのですか?海は死にますか?山は死にますか?風はどうですか?空もそうですか?

ある具体的根拠をもって汚染基準がそもそも高すぎるから下げよ、という論旨ならわかる。しかし「汚染基準より10ベクレル少ないだけ」ってこれ何処まで行ってもいたちごっこでしょ。汚染基準50ベクレル/gにして40ベクレル/gが検出されたらまた同じことを言うじゃないですか。

朝日は従軍慰安婦問題ねつ造の話で叩かれすっかりおとなしくなりましたが、「結論ありき・誘導先ありき」で報じるマスゴミはほかにも山ほどあるのです。っていうかほとんどそれ。事実を事実としてだけ伝える報道はもう期待できないのかも。「客観的事実」を失っているという点で先ほどの科学の話に通じるところがあるのは偶然でしょうか。

まとめ

久々に真面目なことを書いてしまいました。真面目なこと書いて疲れたのでこれからゲレンデ行って滑りまくって発散してきたいと思います。

今年はWeb界隈でもなんだかよくわからない「バイラルメディア」とかいう単語が流行って(流行ってというか飛び交って)、まぁ収束するのもあっという間でしたが、国民全体いろんな場面で印象・インパクト『だけ』に流される一年だったのではないでしょうか。

そのあたりの反省を踏まえて2015年はもう少し個々の国民が情報というものをある種の客観性に基づいて自分なりの消化が出来るようになれば良いなと思っておりますが、なかなか難しいでしょうか。この年末年始こそ食べ過ぎ呑み過ぎで消化不良を起こすまい、と心に誓いつつ科学的精神について思いを馳せるごろどくさんでした。おせちとお雑煮と日本酒楽しみですね。

んじゃまた。

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